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健康経営

健康HR魔女狩り(5)スクリーニング④感度と特異度のトレードオフ

スクリーニングの2×2表

前回は特異度前々回は感度について学びました。

2×2のサムネイル画像のサムネイル画像

何度も使っている表で他の枠の名称にも触れてみましょう。

だいたいこの配置で、横にリアルな病気のありなしを並べ、縦に検査結果を並べます。2×2の表ですね。

まず、検査で陽性になった人のうち、(2×2の表の上の段)本当に陽性だった割合、つまり正解率みたいなモノですね、を陽性的中率といいます。

陽性的中率=a/(a+c)

たとえば法定健診で陽性だった人は精査のため、二次健診に行きます。たとえば便潜血による大腸がん検診なら、検査が陽性だった場合、大腸(下部消化管)内視鏡を行ないますね。

大腸がん 便潜血

便潜血は大腸がんに対する感度も30~92%と観察する集団によってかなりばらつきがありますが、陽性的中率は高く見積もっても5%未満であることは確かです。
50歳台の大腸がんの発見率が0.1%程度なので、発症率(発見率)を0.1%、感度を40%、陽性的中率を4%として10,000人の結果を見ると表のようになります。

大腸がんがあるかもしれないと告げられるのは恐ろしいことでもありますが、告げられた100人のうち、実際にがんがあるのは4人です。一方で便潜血がないから大丈夫と思っていた9,910人のその他大勢の中にも人数としては便潜血陽性の人よりも多い大腸がんありの従業員が隠れているとすると、社内の大腸がんを何としてでも見つけたい場合は、最初から全員内視鏡が望ましいことが見て取れます。とはいえ、便潜血は侵襲の少ない安価で安全な検査ですから、気づきや健康行動のきっかけにするのは悪い選択ではなく、このようなインフォメーションを加えることによって、便潜血が陽性の社員も陰性の社員も自分で健康行動を取るように促すことは可能です。

検査を受けていたのになぜ? という声も実際によくききますが、表のように検査で陰性だった人の中にもがんのある人はいて、検査が陰性だった人のほうが圧倒的に絶対数が多い(表の場合は99%)ので、陽性だった人の中では4%、陰性だった人の中では0.06%が本当にがんなのですが、人数としては陰性からがんになる人のほうが多いのです。

一方で陰性方面(下の段)の正解率を同じように陰性的中率といいます。

陰性的中率=d/(c+d)

また、集団全体で本当に陽性の人がどれくらいいるかという発症率や有病率は (a+c)/(a+b+c+d) で表せますね。

あわてんぼうとぼんやりのサムネイル画像

たとえば健康経営支援サービスとかなんとか名前をつけて、組織のなんらかのスクリーニングをするサービスの多くが、感度しか示していないことがあるのですが、感度だけではそのスクリーニングの妥当性をなーんにも評価できません。

また、健康経営優良法人顕彰事業の銘柄事例集のようなかなり公的なモノにも、「アプリの配布で従業員の健康感度を高めることに成功」のような語句がありますが、この場合の感度は啓発後の意識というようなもので、従業員が自己の健康において特別なものさしを持って、自分が健康かどうか評価できるようになったというわけではないでしょうね。

感度と特異度のトレードオフ

たとえば、最初から話題にしている血圧測定を例に取ると、感度がなかなか100%にはならないとご説明した、10年以内に脳卒中を起こすという、全体の中で発症頻度のまれなアウトカムでも、感度を100%にすることはできなくはありません。

どうするのか。

それはカットオフ値をたとえば収縮期血圧50mmHg以上にしてしまえばいいのです。こうなると収縮期血圧50mmHg未満の人が検査上の陰性になりますから、10年以内に脳卒中を起こす人の割合が多かろうと少なかろうと感度は100%になります。

血圧50で切ってみるこのとき2×2の表はこんな感じになりますから、1,000人のうち、1人しか脳卒中を起こさないとしても、感度は100%になるわけです。
そりゃそうですよね、収縮期血圧が50mmHgの人は少なくとも職域にはいないわけですから、会社で検査したら全員陽性、高血圧です。
全員陽性なんだから、誰か一人でも脳卒中を起こせば、感度は100%、でも誰も起こさなかったら残念ながら0%ですね。
そして、誰かが起こそうと、誰も起こさなかろうと、特異度は0%です。

これが、感度と特異度のトレードオフで、感度を高くしようとして基準値をどんどん厳しくしていくと、本来陰性なのに陽性になってしまう偽陽性(b)が増えてしまい、反対に特異度を高くしようとして基準値をどんどん甘くしていくと、本来陽性なのに陰性になってしまう偽陰性が増えてしまうというわけです。

トレードオフ理想的には感度も特異度も100%のテストが望ましいのですが、現実にはそれはなかなか難しいので、アウトカムを何にするか、陽性だった場合になにをするか、何のためのテストか、などという背景を加味して、落としどころを探っていきます。

たとえば精度を上げようとすると検査にお金や時間がかかったり、被検者に心身の侵襲(ストレス)がかかったりすることになるので、精度を上げるために躍起になりすぎるのもあまりよくありません。

図のように同じ検査値でも病気の人とそうでない人が存在するので、この2つの分布が重なっている部分の解釈をどうするか、特にここで論じている会社の健康経営におけるスクリーニングでどうするか、という点は慎重になる必要があります。

概ね医療の中で用いられる検査は感度を優先しますが、それはそれまでの診察で存在しそうな病気に当たりをつけて検査をするからです。つまり医者が検査をする際には、被検者の中での発症率は、国民全体とか、会社全体とかという集団での発症率よりずっとずっと高い状態です。そういう場合には多少特異度を犠牲にしてでも、感度が限りなく100%に近い方法を行なう必要がありますよね。とはいえ、陰性の患者さんに誤った治療をすることで、デメリットがある可能性もあるので、やはり患者さんに何らかの病気がある場合こそ、偽陽性を許すわけにもいきません。つまり複数の検査を組み合わせて、本当に陽性、治療を必要としている人を検出し、治療を開始する努力が必要で、それが医療そのものとも言えます。

バリウム

医者が病院でする検査と、企業が職域でする検査は、同じ検査でも意味が全く違います。
たとえばご存じのようにこのコラムではバリウム健診を批判し、ABC健診をオススメしていますが、バリウムが毒だとわかっているからこそ、誰彼かまわずバリウムを飲ませる消化器外科医も消化器内科医もいない一方で、あえて内視鏡や腹部CTで評価したあとで、バリウムを用いた胃レントゲン検査を行なうことがあります。これはバリウムのコラムでも書きましたが、バリウムという異物による腸管の炎症や被曝のリスクを鑑みても胃レントゲン検査でしかわからない上に治療の選択に影響を及ぼす何かを発見したい、あるいは否定したいという確固たる目的があるからで、行なう医師にしてみれば侵襲のある検査だとわかって苦渋の選択をしているからこそ、するからにはする目的を絶対に果たそうと、より丁寧に目を皿のようにしてしっかりと見落としなく観察します。専門家が行なう胃レントゲン検査を経験すれば、健診センターのそれと同じ検査だとすら感じないかも知れません。そもそも胃レントゲン検査は「動画」であることにその意味があるのに、せっかくの動画をあるかないかまったく見当のつかない状態で健診技師が数枚の静画としてきりとり、健診ではそれを別の医師が読影します。治療の一環としての検査の場合はその結果を受けて治療の選択や治療そのものを担当する医師が行なうので、合目的的で見逃しの少ない、本気の検査になります。

トレードオフのサムネイル画像

バリウムの胃がんに対する感度はおおむね70〜80%、特異度は90%、陽性的中率は0.7〜2.0%です。つまり陽性的中率が特別高い場合にも、バリウムで所見のあった人のうちの98%は胃がんではなく、感度が特別高い場合にも2割の人は見落とされるということです。

あるかないかわからない発症率の低いアウトカムを検出することは、ほとんどの場合、企業においては必要ないと感じます。そういう場合は本当は陽性なのに見落とされるほうが、本当は陰性なのに陽性とされてしまうよりも危険なので、やはり感度を上げていくしかないのでしょうね。

それでも感度しか示さないサービスは、おそらく相当特異度に自信がないんだろうし、感度しか示していないのに、50%とか75%とかだとしたら、私は大切な従業員をふるいにかけるのには使いたくないです。

ただし、たとえ感度が99%だとしても、たとえば長期休職しそうなんていうアウトカムの場合、発症率の低いアウトカムだからこそ無実の罪をきせられる偽陽性の従業員がたくさん犠牲になり、そう名指しされることでモチベーションやパフォーマンスの向上につながるとは思えない上に、1%の偽陰性の従業員はたとえあるとしても救済にアクセスできないことになります。

ともかく健康経営を語る上で一番大切なのは職場の正義です。

スクリーニングの感度が上がった下がったなんていうことではなく、常に、そのスクリーニングは正義かという視点を持ってください。

本日のテーマは感度と特異度のトレードオフですが、トレードオフでも公正性(正義、JUSTICE)でも同じような天秤の画像が出てきます。経営判断はいつも二律背反のトレードオフかも知れません。医療機関の正しさと非医療企業の正しさは検査においては異なることもあるでしょう。健診センターやスクリーニングベンダーのセールストークに流されることなく、その検査に、そのプログラムに正義はあるかというただシンプルな一点で、判断してください。

 

 

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