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健康経営

健康ハイリスク従業員は誰だ(1)健康経営≠魔女狩り

Organizational Justice 組織の公正性

まちがいだらけ、誤解だらけの健康経営に警鐘を鳴らし、本来の健康経営を浸透させたいと考えていますが、健康経営支援として、最も健康経営とは遠いことを提供するサービスが後を絶たないので、もう一度、健康経営とはなにかからはじめたいと考えます。

まず、これまでの知見から明らかなことは、健康経営と同義と言ってよいほど、健康経営における最も重要な概念は組織の公正性だということです。組織の公正性については一度、ゆっくり解説します。

魔女狩り

法定健診もストレスチェックも、けっして「健康ハイリスク者探し」ではありません。

そう思ってやっているのなら、今すぐやめてください。

ハイリスク戦略の特徴、利点欠点については健康経営とポピュレーションアプローチのシリーズで解説してきました。法定健診もストレスチェックも法定制度ですが、法定健診は事後措置としての就業判定、労働災害の早期発見および防止、そして職業関連性疾患の検出、ストレスチェックは実施そのものによる意識の喚起による組織のメンタルヘルス向上が目的であり、ハイリスク戦略のきっかけを意図したものではないという理解は、労働衛生の基礎法令ですから担当者レベルでは必要です。

ハイリスク戦略のためのハイリスク者のスクリーニングのために企業の資本を使うためには、よほどはっきりとしたスクリーニングの有用性と、スクリーニングによって抽出したハイリスク者のリスクを排除できる見込みがなければするべきではありません。この点は次回、お伝えしますが、そんなスクリーニングやそんな対策はそうそうあるものではない、医療はそれほど万能ではないことをすでにお伝えしてきています。

organizational justice

思いが先に走り、興味本位で健康ハイリスク者をあぶりだすことは、妻を愛しているからと言って、興信所を使って浮気を見張ることに近いような気がします。最初は素晴らしい夫婦になるために、もっと妻を理解したいという気持ちだったこと、愛しているからこそ、浮気をされたくない気持ちはわかりますが、調査には浮気を予防する機能も愛を深める能力もなく、単に浮気を発見するだけです。浮気をしていなくても、愛する夫が興信所を使っていると知ったとき、妻は愛されていることではなく、信用されていない、疑われている、束縛しようとされていることを実感し、急速に愛と信頼を萎えさせていくでしょう。

健康経営の一環として採択するプログラムの選択は組織の公正性を従業員に広く実感させる最高のチャンスです。
たとえば名義貸しだけの産業医に払う報酬は、労務の代償とはいえませんから、そもそも報酬というよりおこづかいのようなものです。自分が汗水垂らして働いて得た企業の利益が、名ばかり産業医のおこづかいになっていると知って喜ぶ人間はいません。社長の愛人へのお手当と印象は一緒です。それどころか愛人は社長のパフォーマンスをあげるかもしれませんが、名ばかり産業医は誰のパフォーマンスも上げません。従業員は企業の資本に寄与していますから、その使い道によって企業への信頼が変化します。

従業員の中で健康ハイリスク者を見つけたい経営者は、事前にリスクを見つけてそのリスクを取り除いてあげたいと考えるのでしょうが、確実にそのリスクを取り除ける自信がある場合のみ、従業員に同意を得た上で行なってください。

たとえば喫煙は大きな健康リスクです。しかし、見つけて指導してもリスクは低減しません。本人が行動変容をして、受動喫煙も含め完全に禁煙しなければ、喫煙によるリスクは除外できません。また、禁煙までに蓄積した喫煙の害のうちには、禁煙によっても修復しない害もたくさんあります。

とはいえ、従業員に喫煙に関連する健康障害を起こしてほしくないから、就業時間中禁煙を就業規則で定めることで、その規則をきっかけに禁煙したり、本数を減らしたりする従業員はいるでしょう。喫煙は誰にとっても健康リスクになるモノですから、喫煙者だけを抽出して指導するのではなく、就業規則のような手段で非喫煙者も含む全従業員に公正に行なう健康リスクの低減策は多くの場合、有意義です。非喫煙者も喫煙者も喫煙が健康を障害すること、そしてその事実に対し会社が従業員の健康を守るために取り組んでいることを知る機会になります。

たとえば喫煙者のみになにか対策をしようと考えた場合、まず、喫煙者と非喫煙者をわけなければなりません。これは健康経営とポピュレーションアプローチでお伝えしてきたカットオフ値を定める無駄です。喫煙者だけに何かするなら、喫煙者を完全に定義しなければなりません。たとえば飲み会のときだけむしろ喫煙者に気を遣わせないためにつきあいで吸うけど自分では買わないなんて場合、自分を喫煙者だと自覚していないことがありますが、リスクの有無で言えばリスクありです。産業医面談では特に女性で、会社の人にはばれてないけど・・・と喫煙習慣をカミングアウトしてくれる従業員はたくさんいます。彼女たちは健診時の問診では概ね、嘘をついています。健診時の問診では禁煙をするつもりの人も「禁煙した」と記入することがあり、その意欲自体はたいへん素晴らしいことですから、その後、禁煙に失敗したとしても責められるようなエピソードではありません。禁煙指導をするから喫煙者は名乗り出ろといっても、完全に喫煙者が抽出できないことは予想できるでしょう。ただしそこで、全従業員の一酸化炭素濃度を測るような大げさな検査にコストを割くような策はむしろ、組織の公正性を欠くのです。

健康経営の定義

健康経営とは企業の資産を投資して生産性をあげることで、つまり、健康経営と経営に差はありません。目的はリターン、健康経営では生産性向上というアウトカムの最大化です。

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健康経営とわざわざ言うときには、リターンとして「企業の生産性」を上げるもので、それはすなわち各従業員のパフォーマンスと職場の心理社会的環境をよくするものに限定されます。また、その投資のアウトカムを予測するときに、科学的なエビデンスを用いることも定義に含めてもいいでしょう。

健康経営はまるで母のように従業員の健康をいたわって過保護にすることでも、医師免許ホルダーがやっているビジネスのことでもありません。
ごくごく当たり前の企業のあり方そのものが健康経営であり、たとえばソーシャルビジネスという言葉と同じように、なんでわざわざ特別定義しなきゃいけないの?って感じる方が自然です。

健康経営なんて、うちはまだまだ・・・という経営者の声をよくきくのですが、健康経営じゃないなら、社会のためにならないし儲からないので、存在意義が不明です。
皆さん、まだまだとおっしゃるのですが、よくよくお話を伺うと、それぞれすでに素晴らしい健康経営を実践していることがほとんどです。
そうでなければ存続していません。
すべての経営者はすでに健康経営者で、しかも大きな伸びしろがあります。

そもそも健康経営は、ローズ先生のヘルシーカンパニーにはじまりますが、ローズ先生の唱える健康経営は企業理念に主眼を置いています。企業は強みであるバリューを活かした手段で社会に貢献するというミッションを達成するというビジョンがあるからこそ存在しているわけで、企業が儲かっているとき、その企業は当然、社会に貢献できます。

ヒトを健康にする要素はたくさんありますが、PURPOSE(生きがい、やりがい、働きがい)が最も効果的です。もちろんそのほかに、他人への信頼感やコミュニケーション、社会的な安全感などの心理社会的要因があり、アウトカムを組織レベルで測定するときには、個人のライフスタイルや遺伝情報のような要素は下流の要因であり、組織の結果に及ぼす影響は小さいです。

働く、つまり仕事があるということだけで、逆の因果を排除しても充分に健康と相関しますから、心理社会的風土の優れた職場で、自分の会社が社会に貢献している、そして自分の仕事がその一翼を担ってやはり社会に貢献しているという実感を持ったり、そのような企業を誇りに思ったり、企業へのロイヤリティーをしっかりと持ったり、ともに働く仲間に信頼感を持ったりすることはなにより従業員の健康に寄与します。従業員が健康になればパフォーマンスが上がるだけでなく、従業員を健康にする環境が創られて、また従業員の健康もパフォーマンスも上がるという好循環が起こります。

これが健康経営で、健康経営という言葉が登場する前から、よい経営というのは当然、健康経営でした。

健康と生産性 Health and Productivity

科学的エビデンスを用いるという点で、準拠する学問領域が必要になってきます。もちろんそれには企業理念に関わる組織心理学や組織開発という分野も含まれますし、マーケティングやヘルスプロモーション、ヘルスコミュニケーション、行動経済学、社会疫学などなども含まれます。医学もギリギリ含まれるでしょう。健康経営に利用できる学問領域は枚挙にいとまがないのですが、ズバリ健康経営と呼べる領域として、公衆衛生(Public Health)というくくりの中の、産業環境保健(Occupational Environmental Medicine)の中の一分野である、Health and Productivity があります。

休職予測サービス

経産省による健康経営優良法人認定事業ではこの Health and Productivity を健康経営の訳語として用いています。

本年5月にはこの領域の第一人者であるリプケ先生が来日され、本物の健康経営について、東京、福岡、熊本の3都県でご講演くださったので、実際に企業において投資効果をいかにして測定するかについて学んだ経営者も多いのではないでしょうか。

このリプケ先生が代表をつとめられていたACOEMという学会が学問的には産業保健をリードしている機関で、JOEMという雑誌を出版しており、このコラムでご紹介する文献もJOEMのものが一番多いですね。
ACOEMに所属していると、アメリカからの求人もくるのが面白いのですが、まあこの話は別の機会に。

腐ったミカンに翻弄される間違いだらけの健康経営

先生、ストレスチェックでどの従業員がうつになるかわかるんですか?

ストレスチェック制度が義務化され、50人以上の事業場での実施を前にした2016年の前半には、多くの経営者や担当者からこんな質問を受けました。
不思議なことに、彼らは将来うつ病になる社員を知りたいようでした。

もし、うつになる従業員がわかったらどうするんですか。と質問すると、

事前にわかってたら、その原因を取り除いてならないようにします。と答えます。

その原因はたとえば何かと問うと、過重労働ハラスメントが上がるので、それはうつになる可能性の高い従業員だけから取り除けばいいのですか?と問うと、担当者の言葉が詰まります。

冒頭の喫煙の話と同じです。過重労働やハラスメントは誰にとっても健康リスクです。組織から一掃するのが望ましく、そのために事前にリスクの高い従業員を抽出する必要はありません。

ストレスチェックと休職

堤先生らの研究によると、確かに高ストレス者はそうでない従業員に比べて、傷病休職のリスクが高いといえます。(右図)

JCOH-スタディによる長期疾病休業発生率に総務省「労働力調査(基本集計)」による男女比をあてはめると年間の精神疾患を原因とする長期疾病休業発生率は1,000人当たり4.36人、堤先生の研究では1,000人当たり0.4人であり、厚労省の言うとおり、ストレスチェックを受けるだけで発症率が10分の1になっているのがわかります。

つまり、意外にも「ストレスチェックでストレスリテラシーを高めてメンタルヘルス不全を予防する」効果は絶大だという、ストレスチェック制度を肯定する結果があきらかになったのです。

一方で、特に男性では高ストレス者のほうが休職リスクが8.69倍も高いとはいっても、あたりまえですが休職した人数は非高ストレス者のほうが3倍くらい多いのです。

たとえば1,000人の会社でストレスチェックを実施すると、実施しない場合には4~5人出ていた長期疾病休業者が0~1人になるかもしれません。その上、なんといっても法令ですから、ストレスチェックを実施しないという選択肢はありません。そこで高ストレス者として抽出された100人に対し、なんらかの介入を行なったとすると、0~1人の長期疾病休業者が0~1人になる可能性があります。わかりますか?

この介入が産業医面談だと仮定すると(なぜ仮定かというと産業医面談が高ストレス者に対して何か影響を及ぼすかどうかは、現在のところ明らかになっていないからです)、面談を受けるのは高ストレス者の0.5%程度ですから、100人中の介入すべき1人に当たる可能性は1.33×1/1,000,000%です。

お伝えしているようなPARの概念として組織スクリーニングの妥当性を検証した上で、スクリーニングの妥当性を検証しますが、それ以前に最も重要なのは介入の妥当性なのです。

次回以降、感度特異度などスクリーニングの見方については、もう少し解説します。

先生、ストレスチェックで嘘を答える従業員を見つけられますか?

この質問もよくききました。実は弊社の扱うストレスチェックには回答への信頼度をチェックする尺度も入っていますが、結果の解釈には用いていません。

ストレスチェック

ストレスチェックはそもそも何かを診断するための質問紙ではありませんが、世界的に用いられている、日本で保険点数がつくような医学的な心理質問紙には概ね、このような真偽の判定が含まれています。
たとえばMMPI(ミネソタ多面人格目録) (Minnesota Multiphasic Personality Inventory)などはたいへん厳しいチェックをクリアして、本当のことを言っていると認定されない限り判定すらしてもらえません。私は何度もトライしていて、毎回心の底から正直に答えているのですが、ミネソタには信用してもらえず、一度も判定に至ったことがありません。

クライアントの従業員には迷ったら、なりたい自分になって答えるよう指導しています。本当のことなんて、誰にもわからないし、行動科学的にはポジティブな選択肢を選べばその分ポジティブになれます。

「絶対に高ストレスにならないように、嘘をつく従業員がいると思うんです。そういう従業員を見つけたいんです」
嘘をついている従業員を見つけたとして何をしたいのか。従業員を愛することも信じることもできないのなら、人事なんてできないでしょう。そんな台詞を吐いてしまう管理職がいるというのが、大きな健康リスクです。

健康経営には科学的エビデンスが欠かせません。
組織の健康経営の参考とする科学的エビデンスを構築するには組織への介入効果を組織単位で測定するという高度な技術が必要で、そのエビデンスのいわんとするところを理解するのにもいくらかの高度な専門知識が必要です。
健康経営は社内の資源ですることで、専門知識がないとできないことは一つもありませんが、エビデンスの利用というプロセスでだけ、上記の理由で専門家の手助けが必要になります。それにしても専門家は統計的手法に対して解説できるだけで、企業の存在意義については全くの素人です。だからこそ彼らに任せず、彼らに何をさせるのかを明確にして発注します。
それ以外の魔女狩りや浮気調査のような機能を外注する必要は一切ありませんのでご注意ください。
 

 

 

 

 

 

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