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法定産業保健

ブラック産業医(3)産業医の専門診療科

医師の専門診療科と専門医制度

クビ切りで会社に加担? 従業員のメンタル診断 問われる産業医 に呼応するいくつかのコメントとして、

精神科領域が専門ではない産業医がその診断を下すことも多いようで、この点も批判されていますが、日本の医師免許は、専門にかかわらず、すべての診療科の診療行為をおこなえることになっていますから、仕方がない面があります。

などという意見も散見されます。

医師の専門診療科に関しては産業医だけではなく、よく非医師の経営者などとも話題に出るところで、

「医師免許取得時には進路は決定していない」

というシステムは、なかなか意外に映るようです。

一方で、専門診療科って何ですか? という定義も相当に曖昧なモノです。

「元脳外科医」などと聴いて、「あ~、なんか最前線っぽい、頭好さそう、超かっこいい~~~」と思うかもしれませんが、脳外科医局に在籍していたのは半年間で、執刀手術症例はゼロ件どころか主治医にさえなった経験なし、という場合もあります。

それでも脳外科の医局員であったことがある、というのが脳外科医の定義ならば、特に経歴詐称はしていないわけです。

「専門医」という言葉も、非医療者からはその分野の専門性、すなわち技術と知識が著しく高い信頼できる医師、というイメージを持たれているようです。
実際の専門医は技術や知識の最低レベルはある程度担保されますが、運転免許や調理師免許を持っていれば運転や料理がうまいとは限らないのと同様、道路交通法を守ったり、食材の毒の処理を行なったりという安全を守るためのルールを知っているというレベルとベクトルにおける専門性です。
特に日本の専門医制度はそのほとんどが専従性を強調するモノであり、いろんなことができてしまう器用なジェネラリストは専門医として想定されていません。

先日MGHで心臓移植の麻酔を毎日のようにかけている麻酔科医と話しましたが、彼女は麻酔科専門医でも心臓血管麻酔専門医でもありません。日本の心臓血管麻酔専門医に名を連ねる偉い先生方が医長や部長を務める病院では、年間に心臓の手術が一件もない病院もあります。

何年間かかけて、まともな教育病院でトレーニングをして、専門医が取れるくらいのレベルになったら〇〇科の医者です、と名乗ってもあまり恥ずかしくはないのかもしれません。専門医は名人を担保するものは決してありませんが、一応、筆記試験、実技試験、面接がある場合がほとんどですから、運転免許を持っている人が持っていない人よりは道路交通法をわかっているレベルは期待できます。ただし、栄養士や調理師免許を持っているから料理がうまいと同様の勘違いのもとになりやすいので注意が必要です。

一方で認定産業医というのは、特にセレクションはなくて、有料セミナーのスタンプラリーに近いもので、一定額を支払えば全員もらえます。専門医と全然異なるかというと似たようなもんなんですが、専門医のほうが時間的なコストはかかることが多いです。

精神科の産業医

前回のコラムでも触れた記事の中でブラック産業医と名指しされたのは、組織内のパワハラやいじめに悩まされ、うつ病を発症し、休職した社員が、主治医の復職可の診断書を携えて復職を申し出たのに、復職を否とする意見書を出した産業医でした。
彼(女)が精神科専門医でもないのに、30分の面談を1回しただけで、主治医への問い合わせは一度もなく、心理検査もしないで、「統合失調症」「混合性人格障害」などの病名をつけたことが、あたかも問題であるように話題にされていて、クビ切りで会社に加担? 従業員のメンタル診断 問われる産業医でも、精神科じゃないやつが産業医をやるからいかん!的な論調でした。

米国精神医学会によるDSM-Ⅳのサムネイル画像

この例では心理テストもしないでどうのこうのと書いてありますが、先にご説明したとおり、医師の診断というのは診療計画の整理上の意義が主であり、特に15年以上のキャリアの医師の場合は、ほとんど診断スキルのトレーニングも教育課程では行なっていません。産業医に求められている医師の医学的な知識は診断の確からしさを担保するモノではありませんし、スペックとしては非医師と同じ人間なので、皮膚も透過できないし血中濃度も肉眼では知り得ません。

世の中には診断基準というものがありますが、診断基準をすべて満たす典型例しかないのなら、それこそ診断は人間がやるよりAIがやるほうが精度が高いに決まっています。
医師の診断の正しさを議論するほどくだらないことはありません。
米国精神医学会によるDSM-Ⅳによる統合失調症の診断基準は表に示すとおりで、Dのうつ病、躁病の合併を除外するときに心理質問紙を使ったほうがいいのではないか? ということかもしれませんが、同じく米国精神医学会によるDSM-Ⅳのうつ病の診断基準では、特に心理質問紙の使用が求められても勧められてもいません。

血圧を測らないで高血圧というとか、体温を測らないで高熱というとかと同じ論調で心理質問紙を持ち出すのは、大分違います。

Yahooニュースにも精神科の産業医が4.7%であることが問題であるように書かれていましたが、従業員の健康管理は精神科領域だけに必要なのではありません。プレゼンティーイズムもアブセンティーイズムも最大の原因は筋骨格系疼痛で、むろん心理的なアプローチも必要な領域ではありますが、精神科領域より整形外科医やペインクリニシャンのほうが治療するなら強いです。
昨年度の業務上疾病発生状況を疾病別に見てみると、負傷に起因する疾病が全体の71.4%を占め、深い心理的負荷を伴う業務による精神障害は0.5%です。4.7%は何に対して少ないのでしょうか。
がんと就業の両立も重要ですし、法定健診結果であきらかになるのは主に生活習慣病とそれによるリスクです。
精神科臨床に精通している産業医が目の前で倒れた社員の蘇生ができなくても、けっしてブラック産業医とは言われないのでしょうか。そもそも例示のブラック産業医が、精神科専門医だったら、統合失調症という病名を受け入れるのでしょうか。
難しい心理テストは得意でも心電図が読めない精神科医はたくさんいますし、それ自体は問題ではありません。
重要なのは今、この従業員に必要な診療科は何かということであって、その判断ができれば本人が何科出身でもいいんです。
医学部を卒業するまで、現在のカリキュラムでは研修医修了まで診療科を決めないのは、医者になったら何科であっても、医療を行なう上で他科との連携が非常に重要だからではないでしょうか。8年間の間に同級生や先輩後輩と多くのネットワークを創り、キャピタルで医療を叶えることが目的だからだと私は信じています。

何度もお伝えしていますが、産業医に必要な専門領域は産業保健です。その点では産業医大を卒業し、産業医コースで最初からエリート産業医になるべくトレーニングを積んだ産業医が最も適任と言えます。
産業医は企業サイドで、各専門診療科との連携の際、通訳やガイドとしての役割を果たすべきものであり、医療の素人である企業には医療用語や医学的な考え方、エビデンス等をわかりやすい言葉で示し、ビジネスの素人である主治医や専門診療科医には、当該従業員の業務や自社についての情報を医者でもわかる言葉で伝えながら、産業保健に必要な情報を引き出すことが職務です。
同時に主治医の職務はそこから診療に必要な情報を引っ張ることであり、企業の事業者や人事労務担当者の職務はそれを社員の健康管理やブレない経営判断につなげることです。

産業医が企業寄りなのは企業が雇っている翻訳家だからで、従業員は主治医に翻訳してもらえばいいんです。
米国には企業が産業医を雇用する法律はありませんが、企業が産業医を自発的に雇っているケースは多く、一般従業員も持病の専門科としての主治医の他、個人のための産業医を主治医にすることができ、さらに双方が話し合う上でコンサルタントして機能する、どちらにも中立な立場の産業医もいます。日本でも産業保健に強く、医学知識もある人間に従業員個人としてコンサルタント業務を依頼することもできます。

これも法律上、従業員が直接、保険診療の延長として診療外で医師にコメントを求めることが、医療としてグレーな部分がありますので、せっかく産業医がいるのなら、DtoDでコメントを求めるのが最も手っ取り早く、素人の伝言ゲームで生じうる誤解のリスクも避けられます。できるだけ各診療科の特性に精通していて、ベストな相談先を最短距離で探し当てる産業医が優れているので、振り分けが得意な総合診療科出身者や他科と連携する放射線科医、病理診断科医、麻酔科医などがよいかもしれません。
中でも麻酔科医は標的臓器を持たないシステミックな診療科であり、疾患臓器ではなく正常機能や残存機能を用いてオペレーション(手術)をマネジメント(管理)してストレス(侵襲)をコントロール(制御)するのが生業ですし、点滴やブロックなどの手技もうまく、蘇生も得意ですから、複雑な心理質問紙はまず扱えませんが、なかなか「買い」だと自負しています。

つまり産業医の診療科はなんでもよく、産業保健がわかっていて、自社のことがわかっていて、いろんな科の友達がいる医者がベストです。この条件のうち、企業サイドで努力できるのは、しっかりと自社について、当該従業員の業務について、産業医に理解させることですね。

産業医選びの基本は「産業保健の知識」と「いろんな科の友達」が多いことですね。

精神科産業医

 

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