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組織開発の探求

現在、日本における組織開発は、半世紀ぶりにめぐってきた「最大のチャンス」を経験している。と同時に、「最大の危機」を迎えつつあるのではないか。

いい書き出しです。

さて、年末から続く中原先生3連続のトリは10月から辞典としてしか使っていない400ページ超の大作です。
これもまた、皆さんがそれぞれ読むことを信じて、あえて「健康経営やってる医者」的な目線でピックアップしてまいります。

組織開発(organizational development:OD)とは

組織(チーム)を円滑にwork(機能)させるための意図的な働きかけ(介入)

エコロジカルここのところ頻繁にこの表を出すので、だんだん慣れてきたのではないかと期待していますが、組織開発とはチーム(大文字Y)を機能させるというアウトカムを目的とした介入(EXPOSURE)です。

YがYとしてワークする直接的なアウトカムを観るためにはエコロジカルな視点が確実に必要になるので、繰り返しているように健康経営は組織開発です。

すべての経営は組織開発であり、すべての経営は健康経営なので、健康経営とは組織開発である、言い換えてもいいかもしれません。

組織をworkさせるとはバラバラのメンバーが組織やチームとして体をなし、うまく動く状態にすること

そしてその際、メンバー同士に相互作用があること、それも共通の目標に向かってメンバー同士が動いていることの二点が重要です。

当社では麻酔科医としてのスキルを活かしやすいこともあり、組織を一つの有機体として、経営向上を健康推進として捉えています。

企業は生き物

この中で小文字のxは組織レベルでは本書で言うところの各メンバーですが、人体レベルではたとえば細胞という構成単位としてとらえることができます。

人体の目標はシンプルに「本体として死なないこと」と考えましょう。つまり、サステナビリティです。

そう考えると目標に向かって37兆個の細胞がそれぞれに活動しても難しいので、「メンバー同士の相互作用」によって連携を図りながら、「メンバー同士が動く」ことが大事なのがよくわかります。
つまり「メンバー同士」が動いているということは、目標に向かって動いているのはメンバー間を流れる文脈そのもの、または文脈も含んだ組織(tissue)なり臓器(organ)なりの単位と言えます。

よき組織開発は人材開発を伴い、よき人材開発は組織開発を伴う

この視点だと組織開発と人材開発、その間にあるといえるのか組織の大きさにかかわらず、プロジェクトメンバーとか、席がお隣さんとか、同じ部門とか、同じ部署とか、同じ出身者とか、さまざまな単位でそれぞれに健康であれば多くの場合は健康体に結びつきます。

とはいえ、人体で細胞は細胞単位で機能するより、組織単位では機能することが一般的で、細胞レベル、組織レベル、臓器レベル、それぞれの本体より階層の下がる単位での炎上に関しては、必ずしも炎上している部分を手厚くケアし、健康にすることが得策ではない場合もあります。

よき組織開発は常に人材開発を内包するが、よき人材開発が組織開発を伴うときにも組織開発が人材開発を内包する関係にあるというのが医者目線での修正です。

組織開発の鍵は多様性

求心力

多様性を遠心力、組織開発を求心力と喩えるとき、円運動を行なう物体を中心を通るヒモで支えるオモリを想像してしまい、なんとなく拘束感があってピンとこなかったのですが、肺胞のような構造と考えてみるとおもしろいと思いました。

知識が増えれば増えるほど、自分の知識の外側の広さに気付くという知識の風船という概念を先日ご紹介しましたが、多様性という球の中心から離れて球の容積を大きくしようとする力によって球の内部に注ぎ込まれる空気が組織そのもので、組織を破綻させずに内側と外側の表面をつなぎとめるサーファクタントのような存在が組織開発なのではないでしょうか。

って、ほとんどの人には圧倒的にわかりにくくなったと思いますが・・・・・・多様性と組織開発、あるいは健康経営のおかげで組織は呼吸が叶い、生命活動を維持できると考えるとすべてで気持ちよくつじつまが合います。

組織開発とフロイト

麻酔科医というと「意識を奪う」仕事だと誤解されやすく、また、意識というと「フロイトの無意識」を連想するようで、麻酔科医として無意識にある抑圧をどう考えるかというような深淵な質問を受けることがあります。

麻酔科医的には精神という臓器もなければ、その機能としての意識もないので、答えようがないのですが、麻酔による深い鎮静とフロイトによる無意識とは異なるもので、むしろ麻酔科医の鎮静は昏睡に近いものです。

思考や情緒について、脳科学的にはその機能の当該部位の同定が盛んであるように思いますが、それこそ集団心理の形成における各メンバーの役割を同定するようなもので、周術期の恒常性を維持する目的にはあまり意味がありません。

組織開発に限らず、旧来の産業保健についても言えることは、魔女狩りの時代は終わったということです。
有害物質の同定からはじまるハザード管理で充分な成果はすでに上がっていて、今後は効果がない、あっても限定的とわかっている以上、犯人捜し的感覚はすでに古すぎます。本コラム、最後のほうに出てくるグッドプラクティスが単純解です。

また、前回のコラムでも指摘したように「医療者が(は)、患者さんの話を聞いて、患者さんの過去に向かいながら、患者さんの奥底にある『抑圧』を言葉にして、意識の上にあげていくことで、精神病は治療される」のこの「治療」がどうも腑に落ちません。
もちろん精神分析の有用性を肯定どころか、激しく推していたのは間違いないし、実際に分析過程で治療効果を実感していたとは思うのですが、そして私は精神科医ではなく麻酔科医なのでどうしても生理学的に納得のいかない経路が許せないのですが、精神病を治療するは言いすぎに思います。そもそも精神病が病気なのか、治療が必要なのか、現在診療報酬上、治療とされている治療が有効なのかもまだまだ議論の残るところと言える領域です。大命題である精神病が病気なのか、が未解決ゆえに、私がこんなに不調和を感じるのかもしれません。

当社が企業を有機体としてみて健康経営のBPOを行なう際には、精神病については考えないようにしています。どちらかというと心療内科的疾患、つまりディストレスによる身体的、構造的な不健康に関して調整を行ないます。

組織開発は、やばい感じになっちゃった過去がありますが、組織の「精神病」の「病理」が、氷山の一角として水中という「無意識」に確実に潜んでいて、そこを見える化して、摘出して、別の構造物を移植(再学習)することが絶対善という魔女狩り思考になってしまったからではないかと考えます。そもそも無意識下の病理を作り直す必要がよくわかりません。よい氷山になるためには必要なプロセスかもしれませんが、社会と関わるのはあくまで水面より上に見えている部分です。

テイラーの科学的管理法やフォードの大量生産方式から行動経済学へ

組織や人間を一つの機械と見なす時間当たり作業完了量による生産管理では、当然機械の機能は単一で有限、時間が経てば劣化が進むだけで、廃棄するのもコストがかかります。
組織や人間を一つの有機体と見なすと、その機能は無限の多様性を持ちます。
メイヨーが労働者が人間であることを発見して人間関係論を唱え、合理的なエコンが幻想であることがわかり行動科学が生まれます。

黒歴史を持つ組織開発ですが、ポスト・カーネマン先生(2002ノーベル賞)、ポスト・セイラー先生(2017ノーベル賞)の今は、冒頭の中原先生の心配にあるような再炎上の危機は回避できるのではないでしょうか。

とはいえ、行動経済学の知見を使わない限り、組織開発はもう一度、警察化・宗教化の道を辿るでしょう。

社会・生命的システム思考(social-ecological system orientation)の価値観

マーシャクは組織開発の4つの価値観として以下の4つをあげています。

 ①人間尊重の価値観
 ②民主的な価値観
 ③クライアント中心の価値観
 ④社会・生命システム思考の価値観

社会・生命的システム思考というのはまさに組織を、そして地球全体を、有機的な生命体システムであると捉える思考です。

その上でのBranford & Bulkeによる再定義がこちらです。

組織開発とは、(1)主に人間尊重の価値観体系、(2)行動科学の応用、(3)オープンシステム理論に基づいて、外的環境・ミッション・ストラテジー・リーダーシップ・文化・構造・情報と報酬システム・仕事の方針や進め方、などの組織のさまざまな次元間の一致性を高めることによって、全体的な組織の効果性を高めることを目指した、計画的な変革の体系的なプロセスである。

って早口言葉かーい!的な難しさがありますが、中原先生の「組織を円滑にワークさせる働きかけ」の定義に不足があるとしたら、社会・生命的システム思考の部分かな、と思います。そしてそれを最も得意とする専門家は社会疫学のわかる臨床医だと、最後は自画自賛です。

まさに病変部を探して病理を同定する魔女狩り方式ではなく、健康体の強みを探して増幅することが第一です。前半のプロセスは医療においても不要になりつつあります。失敗した原因の影に成功する秘訣が隠れているとは限りません。最初から成功体験の裡を探すほうが分があります。
クーパーライダーの風変わりな組織開発は、強みの発見&増幅とAI(アプリシエイティブ・インクアイアリー)を実践したくて公衆衛生大学院に入学したこととダブルで、しっくりきます。

社会構成主義においては、真の主訴、真の診断を見つける姿勢や、エコロジカルかつコンテクスチュアルなマルチレベル分析が確実に必要になります。

ぜひ、社会疫学や医学も交えた学際的な意見交換が今後活発になることで、個人レベルはもちろん、家庭レベル、企業レベル、自治体レベル、国レベル、地球全体というあらゆる階層の組織が開発され、ユーダイモニア的ウェルビーイングを獲得することを願ってやみません。

 

 

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